新しいシャツを買うとき、「あれ、ボタンの向きがいつもと逆？」と感じたことはありませんか。男女でボタン位置が違うのは有名な話ですが、その理由は一つではなく、いくつかの生活文化や歴史が絡み合っています。本稿では、「騎士と授乳文化」にまつわる代表的な説を整理し、それぞれの説の納得感と限界、そして現代の私たちがどう向き合えばよいかを提案します。
ボタン位置が「逆」ってどういうこと？
一般的に、メンズは着用者から見てボタンが右、レディースは左に付きます。洗濯表示やサイズ表記より先に、この「左右」は思わず迷うポイント。覚え方は簡単で、「メンズ＝右ボタン、レディース＝左ボタン」。ただし、近年はユニセックスやデザイナーズでは逆転や共通化も増えています。
騎士・兵士の説：利き手と武具の関係
中世ヨーロッパでは男性は右利きが多数で、右手で剣を抜きやすいよう、上前（重なり）やボタン位置が工夫されたという説があります。馬上で風を受けにくい重なりにするための軍装由来、銃器を構える際の動作と干渉しにくい配置、といった軍事的合理性が背景にあったとも。軍服の規格が市民服に影響した、という流れは十分あり得ます。
授乳と暮らしの説：日常の所作が形づくる
女性側のボタンが左になった理由としては、授乳や家事の動きがよく挙げられます。赤ちゃんを左腕で抱え（心音を聞かせやすいなどの理由で左抱きが多かった）、右手で素早く前を開閉できるようにした、というもの。また、右利きが大半の社会では、右手でボタンを扱いやすい配置が優先されたとも言われます。実際の生活所作が衣服設計に影響した可能性は高いでしょう。
侍女が着付ける説：サービスと富のサイン
近世ヨーロッパの富裕層では、女性は侍女に着付けを手伝ってもらうことが一般的でした。相対する侍女の右手から見て留めやすい位置＝着用者の左にボタンがあると効率的、という説です。自装（自分で着る）を前提とした男性と、他装（人が着せる）を含む女性という社会背景の違いが、左右差を定着させたと考えると腑に落ちます。
どれが正解？ 実は「決定版はない」
上記の説はどれも一定の説得力がある一方、単一の決定的証拠は乏しいのが実情です。おそらくは、軍装・生活所作・着付け慣習といった複数要因が積み重なり、19世紀の産業化と既製服の規格化で「男女の標準」が固定化された、というのが現実的な見方です。加えて市場では、男女差を視覚的に示す記号としてプラケットの左右が利用され、慣習として受け継がれました。
現代の視点：機能も個性も自由に選ぶ
今日ではジェンダーレスの選択が広がり、アウトドアやワークウエアでは開閉のしやすさや道具との相性など機能面が優先されます。ファッションとしては、左右差をデザインアクセントにする試みも。私たちができる提案はシンプルです。用途で選ぶ（動きやすさ・着脱しやすさ）、好みで選ぶ（見た目のバランス、鏡写り）、伝統を楽しむ（由来を知って会話のネタに）。
ちょっと役立つ見分け方と豆知識
・前立てを見て、着用者から見てボタンが右ならメンズ、左ならレディースが基本。
・ヴィンテージでは例外多数。年代や国、用途で左右が異なることも。
・着物の重ね「左前／右前」は別概念（和装の作法）なので混同に注意。
・写真や鏡は左右が逆転するので、SNS画像で判断するときは反転に気を付けて。
結局のところ、ボタン位置は「歴史と暮らしが縫い込まれた記号」。騎士の実用、授乳の所作、侍女の手つき—いずれも衣服と人の関係を映す鏡です。由来を知れば、今日の一着を選ぶ楽しさが少し増えるはず。次にシャツを手に取るとき、その小さな左右に込められた長い物語を思い出してみてください。
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