「自分の記憶は絶対に正しい」と、自信を持って言えるでしょうか?私たちは日々の出来事を記憶し、それを頼りに生活していますが、実はその記憶、時として脳が勝手に作り出した「嘘の記憶」である可能性があります。まるでSF映画のような話ですが、これは誰の脳にも起こりうる、ごく自然な現象なのです。
なぜ私たちの脳は、体験していないことまで「事実」として記憶してしまうのでしょうか。この記事では、最新の生成AIが情報を生成する仕組みとも比較しながら、脳が『嘘の記憶』を作り出す不思議なメカニズムとその裏にある心理を、わかりやすく解き明かしていきます。
そもそも「嘘の記憶」とは? – 単なる記憶違いとの違い
まず、「嘘の記憶」とは何でしょうか。これは専門的には「虚記憶(きょきおく)」と呼ばれ、実際には体験していない出来事を、あたかも本当に体験したかのように鮮明に思い出してしまう現象を指します。
「あれ、鍵どこに置いたっけ?」といった単なる物忘れや、「A君と会ったのは火曜日だったかな、水曜日だったかな」というような曖昧な記憶違いとは少し異なります。
嘘の記憶は、もっと確信的です。例えば、子供の頃に行ったことのない場所に「家族旅行で行った」と固く信じ込んでいたり、友人に言ってもいないことを「あの時、確かに君はこう言った」と断言してしまったり。本人にとっては紛れもない「真実」であるため、非常に厄介な現象と言えるでしょう。しかし、これは決して特別な病気などではなく、私たちの脳が持つ記憶の仕組みそのものに原因が隠されています。
脳はなぜ「嘘」をつくのか? – 記憶が“再構築”されるプロセス
多くの人は、記憶を「ビデオテープ」のように考えているかもしれません。起きた出来事がそのまま録画され、いつでも正確に再生できる、と。しかし、実際の脳の記憶システムはもっと複雑で、創造的です。
脳における記憶のプロセスは、大きく分けて3つのステップで成り立っています。
- 記銘(きめい):出来事を情報としてインプットする段階。
- 保持(ほじ):その情報を脳内に保存しておく段階。
- 想起(そうき):保存された情報を思い出す段階。
問題が起こりやすいのは、3番目の「想起」のステップです。脳は、保存されている情報の「断片」をジグソーパズルのように集めてきて、一つの出来事として“再構築”します。この時、パズルのピースが足りなかったり、曖昧だったりすると、脳は「おそらくこうだっただろう」と、過去の経験や知識に基づいて最も“それらしい”情報で隙間を埋めようとします。この「隙間埋め」作業が、意図せずして「嘘の記憶」を生み出す大きな原因なのです。
つまり、脳は正確さよりも、話のつじつまが合うことを優先してしまう傾向があるのです。これは、脳が効率的に情報を処理するための、ある種のショートカット機能とも言えるでしょう。
「嘘の記憶」が生まれやすい3つの心理的トリガー
では、どのような時に「嘘の記憶」は作られやすくなるのでしょうか。そこには、いくつかの心理的なトリガーが関わっています。
1. 他者からの暗示や誘導
「あの時、赤い服の人がいたよね?」と誰かに尋ねられると、実際にはいなかったとしても「そういえば、いたような気がする…」と思い込んでしまうことがあります。これは「暗示効果」と呼ばれるもので、特に事件の目撃証言などで問題になることがあります。権威のある人や信頼している人からの言葉は、自分の曖昧な記憶を上書きし、新たな「事実」として定着させてしまう力があるのです。
2. 強い感情の揺れ
非常に嬉しい、悲しい、怖いといった強い感情を伴う出来事は、記憶に残りやすい反面、内容が変形・誇張されやすいという特徴があります。感情が高ぶっていると、脳は出来事の細部よりも感情的なインパクトを優先して記憶します。その結果、後から思い出す際に、感情に合わせてストーリーをよりドラマチックに“脚色”してしまい、本来の事実とは少し違う記憶が出来上がってしまうのです。
3. 情報の混同
私たちの脳には、日々膨大な情報がインプットされます。自分で直接体験したことだけでなく、人から聞いた話、本で読んだ物語、映画や夢で見た光景など、様々です。これらの情報源が曖昧になると、脳はそれらを混同してしまいます。「友人が体験した面白い話」を、いつの間にか「自分が体験した話」として記憶してしまうのは、この典型的な例です。
生成AIも「嘘」をつく? – ハルシネーションとの共通点
興味深いことに、この「嘘の記憶」のメカニズムは、最近話題の生成AIが事実に基づかない情報を生成する「ハルシネーション(幻覚)」という現象とよく似ています。
生成AIは、膨大な学習データの中から、最も“それらしい”単語の繋がりを予測して文章を作り出します。AIは情報の「意味」を理解しているわけではなく、あくまで確率的に最も自然な応答を生成しているにすぎません。そのため、文脈上は自然でも、事実とは全く異なる、もっともらしい「嘘」を生み出してしまうことがあるのです。
これは、脳が情報の断片から最も“それらしい”物語を再構築するプロセスと非常によく似ています。人間の脳も生成AIも、完璧なデータベースではなく、持っている情報から最適な答えを「推測」してアウトプットするシステムなのです。この共通点を知ることで、私たちは自分の記憶がいかに不確かで、創造的なものであるかを再認識することができます。
私たちの脳が作り出す「嘘の記憶」は、脳の欠陥や故障ではありません。むしろ、断片的な情報から全体像を素早く組み立て、効率的に世界を理解しようとする、脳の高度な情報処理能力の副産物と言えるでしょう。自分の記憶を絶対的なものと過信せず、時には「もしかしたら違うかも?」と疑ってみる謙虚さを持つことが、他者とのより良いコミュニケーションに繋がるのかもしれません。






















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