シャツやブラウスを着るとき、「あれ、ボタンの向きが男女で違う?」と気づいたことはないでしょうか。男性用はボタンが右側、女性用は左側についているのが一般的です。しかし、なぜこんな違いが今も続いているのか、きちんと説明できる人は意外と少ないものです。
この記事では、「なぜ男女でシャツのボタンの左右が逆なのか?」という素朴な疑問を入り口に、その歴史的背景や、現代のファッションにどんな意味を持っているのかを分かりやすく整理していきます。日々何気なく着ているシャツの裏側にある、小さな「歴史」と「文化」に触れてみましょう。
男女でボタンが逆ってどういうこと?
まずは基本から確認しておきましょう。シャツやブラウスを前から見たとき、
- 男性用シャツ:ボタンが右側についている(ボタンホールが左)
- 女性用ブラウス:ボタンが左側についている(ボタンホールが右)
という違いがあります。「自分で着るときの手の感覚」ではなく、「相手から見たときの向き」で考えるのがポイントです。
この「左右の違い」は、単なるデザインの遊びではなく、歴史の中で積み重ねられた生活習慣や社会構造の名残だと考えられています。
有力な説1:上流階級女性は「着せてもらう」のが前提だった
もっともよく語られるのが、「上流階級の女性は使用人に服を着せてもらっていたから」という説です。ヨーロッパの貴族社会では、女性のドレスは自分一人では着るのが難しいほど複雑なものが多く、侍女が身支度を手伝うのが当たり前でした。
このとき、
- 侍女(着せる人)は女性本人の正面に立つ
- 侍女から見てボタンが右側にある方が留めやすい
という理由から、「着せる人から見て右側=着る人から見ると左側」にボタンがつくようになった、という考え方です。これが「女性服は左ボタン」の起源だとされています。
一方、男性は自分で服を着るのが前提だったため、自分の利き手(多くは右手)でボタンを扱いやすいように、ボタンを右側につけたと説明されます。
有力な説2:馬に乗る女性と、風と戦うドレス
もうひとつ興味深いのが、乗馬と風対策に関する説です。かつてヨーロッパの女性がドレスで馬に乗るとき、多くの場合は「横乗り(サイドサドル)」というスタイルをとっていました。身体を横向きにして座るため、風が吹くとスカートがめくれやすく、体が見えてしまうリスクがあったのです。
そこで、
- 左側にボタンをつけることで、右側からの風が吹いても衣服が開きにくい
- 女性の身体を守るための配慮として、左ボタンの構造が好まれた
という説明がされることがあります。これは、当時の価値観や「女性の慎み」を重んじる文化とも結びついていると考えられます。
有力な説3:授乳のしやすさと「赤ちゃんを抱く向き」
日常生活に根ざした説として、「授乳のしやすさ」が関係しているのではないか、という見方もあります。多くの人は赤ちゃんを左腕で抱き、右手を自由に使うことが多いといわれます(右利きが多いことも影響)。
このとき、
- 左腕で赤ちゃんを抱きながら
- 右手で服の前開きを操作しやすい向きがよかった
結果として、女性の服の前開きは「右手で開け閉めしやすい」左ボタンになっていった、というわけです。歴史的な資料で完全に証明されているわけではありませんが、「生活の動きから生まれたデザイン」と考えると、かなり自然な説明です。
男性服が右ボタンの主な理由
では、男性服はなぜ右ボタンが定着したのでしょうか。これにもいくつかの背景が語られています。
- 武器を扱う文化:剣や銃を右手で持つことが多かったため、左側に武器を携え、右手で素早く抜きやすいように服の合わせが決まった、という説。
- 自分で着る前提:男性は自分で着替えることが基本だったため、多数派の右利きにとってボタンが右側の方が動きやすかった。
これらも確定的な答えではありませんが、「戦い」「自立して身支度をする」といった男性像と、服の作りが連動していた可能性を示しています。
なぜ今も「左右の違い」が残っているのか
現代では、男女とも自分で服を着ますし、使用人にドレスを着せてもらう生活を送る人はごく一部です。それでもなお、ボタンの左右の違いが残っているのはなぜでしょうか。
ひとつは、ファッション業界にとって「男女の区別を分かりやすく示すサイン」として機能しているからです。パターン(型紙)や生産ラインも「右=メンズ、左=レディース」で長年作られてきたため、急に変える必要性もあまりありません。
また、私たち消費者の側も、「あ、これメンズだ」「これはレディースだ」と無意識に判断する基準として、この違いを利用しています。知らないうちに、文化として身についているわけです。
ジェンダーレス時代のボタン事情
近年は、ジェンダーレス・ユニセックスのファッションが広がりつつあります。その流れの中で、
- 左右どちらにも偏らないプルオーバー型(かぶりタイプ)
- そもそもボタンを目立たせないデザイン
- 男女どちらでも着られるユニセックスシャツ(メンズ仕様の右ボタンが多い)
など、「男女でボタンの向きが違う」というルール自体が、弱まりつつある面もあります。
とはいえ、完全に消えてしまうわけでもなく、「時代とともにゆるやかに意味合いが変わっていく」くらいの感覚でとらえておくとよいでしょう。
今日からできる楽しみ方:ボタンの向きを観察してみる
歴史的背景を知ると、シャツのボタンは単なる「実用品」から、小さな物語を秘めた「文化のかけら」に見えてきます。今日からできる楽しみ方として、
- 自分の持っているシャツやコートのボタンの向きを見比べる
- 古着屋やヴィンテージショップで、「この年代の服はどうなっているか」観察してみる
- 海外ブランドと国内ブランドで違いがあるか、チェックしてみる
といった「ボタン観察」をしてみるのもおもしろいでしょう。小さな違いが、その服が生まれた時代や文化を語ってくれるかもしれません。
男女でシャツのボタンの左右が逆である理由は、一つに決めきれないほど複数の説があり、どれもそれなりの説得力があります。大切なのは、「なぜだろう?」と疑問を持ち、その背後にある歴史や暮らし方に想像を働かせてみることです。そうした視点が、普段の服選びやおしゃれの楽しみ方を、少しだけ豊かにしてくれます。





















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