女性用のシャツやブラウスは「ボタンが左前」、男性用は「右前」。お店で服を選ぶときの目安として知られていますが、「なぜ女性だけ左前なのか?」と疑問に思ったことはないでしょうか。
しかも、日本語では着物の「左前」は“縁起が悪い”とされ、日常着ではタブーと教わります。このズレはどこから生まれたのか——。この記事では、女性服のボタンが左前になった歴史的な背景と、着物文化との違いをやさしくひもときながら、「前合わせ」が持つ文化的な意味を考えてみます。
女性服のボタンが「左前」になった主な説
女性服のボタンが左側に付く理由については、決定的な「これだけが正解」という説はありません。ただ、ファッション史の中でよく語られる代表的な説がいくつかあります。
1. 「侍女が着せやすいように」説
19世紀ヨーロッパの上流階級の女性は、自分で着替えるよりも侍女に着せてもらうことが一般的でした。
右利きの侍女が、正面に立った女性に服を着せるとき、相手の左側にボタンがあるほうが留めやすい──。そこから、女性服は左前に統一されていった、という説です。
一方で、男性は自分で服を着るのが基本。右利きの人が自分でボタンを留める場合は、ボタンが右側にあったほうが扱いやすく、そのまま「男性=右前」が定着していったと考えられています。
2. 「授乳しやすいように」説
母親が赤ちゃんを左腕に抱き、右手で支える姿勢は、今でもよく見られます。左腕で抱くと心臓に近くなり、赤ちゃんが安心すると言われることもあります。
このとき、右利きの母親が右手でボタンを外して授乳しやすい配置が「ボタンが左側」という形だった、という説もあります。
実際に授乳専用の服では、ボタンやファスナーの位置が工夫されていることが多く、生活から生まれたデザインという考え方にも説得力があります。
3. 「武器・防御との関係」説
男性服の右前は、武器を扱う文化と結びつけて説明されることがあります。
多くの人は右手で剣や銃を扱ったため、右手をスムーズに動かせるよう、前合わせの重なり方やボタン位置が工夫された、という考え方です。
女性は戦場に立つことが少なかったため、機能性よりも「着せつけやすさ」や「所作の美しさ」が重視された、という見方もできます。
日本の「右前」と西洋の「左前」
ここで混乱しやすいのが、日本語の「右前」「左前」という言葉です。
着物の場合、「右前」とは“自分から見て右側の衿が内側に来て、左の衿が上に重なる状態”を指します。
つまり、ふだん私たちが着る着物は「左側が上」=右前です。
一方、ワイシャツやブラウスの「ボタンが左」「ボタンが右」という言い方は、ボタンそのものが付いている側で判断します。
・女性服:ボタンが左側に付く
・男性服:ボタンが右側に付く
という区別です。
このため、「着物は右前が正しいのに、シャツだと女性は左前ってどういうこと?」というややこしさが生まれます。
実は、言葉の使い方と基準が違うだけで、「前合わせが逆になっている」わけではありません。
「左前=縁起が悪い」はどこから?
和装で「左前はダメ」と言われる理由は、死装束の着方にあります。亡くなった方には、通常とは反対の合わせ方、つまり「左前(自分から見て左の衿が内側)」で着物を着せる決まりがあります。
そこから、「左前=あの世の着方」というイメージが広まり、生きている人が左前で着るのは縁起が悪い、とされてきました。
ここで大事なのは、
・着物の「左前/右前」は、衿の重なり方の話
・洋服の「女性はボタンが左」は、ボタン位置の話
という違いです。
言葉としては同じ「左前」でも、指している対象が違うため、直接的に「縁起が悪い」と結びつける必要はありません。
前合わせが教えてくれる、服と文化の関係
ボタンの向きや前合わせは、単なる“便利な目印”に見えますが、その背景には生活スタイルや社会の価値観が深く関わっています。
・誰が誰の服を着付けるのか(自分か、他人か)
・武器を持つのか、赤ちゃんを抱くのか
・どんな宗教観や死生観があるのか
こうした要素が積み重なり、私たちが「当たり前」と感じるデザインが形作られてきました。
「これは女性物?男性物?」とタグを見る前に、ボタンの向きをそっと確認してみる。
「なぜこうなっているんだろう」と考えてみる。
そんな小さな好奇心から、ファッションや歴史、文化への理解が一段と深まります。
洋服の前合わせと、和服の前合わせ。
どちらが正しい・間違っているではなく、「違いがある」ことを知っておくと、着物を着るときのマナーも、洋服の選び方も、少しだけ自信を持って楽しめるようになるはずです。





















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